SHINZEN(しんぜん)の「共にのつどい」の名前には「共に生き、共に考えよう」という意味がこめられています。 SHINZEN(しんぜん)では毎月、施設の先生、あるいは障害者ご本人や、お母さん、他のボランティア・グループの方々をお呼びしてお話を伺っており、その内容は、どれも感銘深いものばかりでした。 講師の方は、淡々と語りながらも、一つ一つの言葉の中には、ほとばしるような思いがあり、私たちSHINZEN(しんぜん)スタッフにも熱い情熱が伝わってくるのです。 時には、胸を切り裂かれるような悲しみ、苦しみの淵に立ちながらも、それを超えてきた道のりは聞く者の心をゆさぶりました。 どうやってその壁を越えたのだろうか。どうしたら、そんなにも変わらない心で尽くせるのだろうか... そこには、生きていく上で大切なものが珠玉のようにきらめいていました。 SHINZEN(しんぜん)ではこれから、ブログを通して「共にの集い」の内容を紹介していきます。

SHINZEN(しんぜん)石井十次の足跡。

石井十次の足跡。
「苦難の中にイエス様が現れて」SHINZEN(しんぜん)いのちの輝き

石井十次は、世界的にも有名であった岡山孤児院の創立者です。石井が孤児院を始めるきっかけは、明治20年、医学生の時、巡礼の母親に子供を託されたことから始まります。石井は子供に、いろはから教え、厳しい教育をしていきます。

 そのうち、5人、10人と子供が増え、お寺を借りて対処しましたが、翌21年には、120人という孤児が集まっていたそうです。クリスチャンであった石井は、このことは神から与えられたものであると悟り、ついには医学の道を捨て、孤児院長に専任します。

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 孤児院の運営は、イギリスのドクターバナードス・ホームに範をとり、労働自活を宣言し、子供達に民芸品を作らせたり、クリーニングなどの事業をして自活を目指しました。その頃、悲しい出来事がありました。石井を支えてきた奥さんが、当時、流行していたコレラにかかり苦労の中、亡くなってしまったのです。

 それ以後、信仰や行動だけではだめで、やはり協力者が必要であると考え、1万人の会員を集め、経営を安定させました。そうした中、石井を生涯バックアップしてくれた倉敷紡績社長の大原孫三郎と出会います。

 さて、明治30〜39年に東北で大凶作が起こります。この時、石井は無制限収容を宣言し、何と、1200人の子供を収容してしまいます。岡山孤児院の定員は400人でしたが、石井の考えは、ニーズがあるのならば、ともかく受け入れようというものでした。

 その頃、石井は肝臓を悪くし暗室療法をしていました。その真っ暗な部屋にイエス様が現れてきたそうです。イエス様は肩にかごを担ぎ、そのかごいっぱい子供が入っていました。その後ろから、大人達がどんどん子供を入れています。イエス様は石井に「お前も入れろ」と言いますが、「もう、いっぱいです」と言うと、「まだ入る」と言うのです。そこで子供を入れ続けると、本当に全部入ってしまったというのです。その出会いの直後に、アメリカからの寄付があり大収容の急場をしのげたのでした。

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 その後農家を土地ごと買い、大収容ではなく小さな家に保母を1人つけ、10人ぐらいの子供が生活するという小舎制を始めます。孤児院が創立されて20年くらいたち、多くの子供達が巣立っていきましたが、ここで育った子供達のその後は大変でした。当時、今よりももっと差別の強い時代です。孤児院出身の子供達が大阪のスラムにたくさん落ち、その子達の子供が再び孤児院に預けられていることが分かり、石井は大変にショックを受け、また反省します。

 そして集団養育そのものをやめ、里親を全国につくろうとしますが、当時の世間は受け入れてくれません。そこで彼は、自分の故郷の九州宮崎県の茶臼原に300町歩の土地を買い、成長した子供達を里親にしようとしました。

 一方で、大阪の愛染橋地区に、保育所、夜学校、道場館などをつくりセツルメント活動を始めます。そして岡山は引き払いました。そうした新たな活動を始めた後、大正3年1月30日、50歳で永眠しました。石井が亡くなって、すでに半世紀以上たっていますが、その理念は今も我々の心に訴えてくるものがあります。

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 石井は人を恐れませんでした。いかなる高位高官の人にも、また殺人犯にも臆することはありませんでした。恐れるものは、ただ天であり、神でした。

 自信過剰で人の意見を聞かない人ではありません。彼は、毎朝、長時間祈り、また人の話にはよく耳を傾けています。自己反省の強い人であり、不安定な面もありました。それだけに、神の使命を感じると猛然と行い、誇りに満ちていたのでしょう。

 現代、専門化し職業化したソーシャル・ワークの中で、かえってこのような人間への愛情と誇りが失われてしまったようです。人間の人間に対する専門職業の中で、その本質である愛情を失うことは致命的です。
歴史を超えて石井が我々に訴えているのは、この人間愛ではないかと思います。
柴田看守 著書より 大阪ボランティア協会 理事 91年12月


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