SHINZEN(しんぜん)の「共にのつどい」の名前には「共に生き、共に考えよう」という意味がこめられています。 SHINZEN(しんぜん)では毎月、施設の先生、あるいは障害者ご本人や、お母さん、他のボランティア・グループの方々をお呼びしてお話を伺っており、その内容は、どれも感銘深いものばかりでした。 講師の方は、淡々と語りながらも、一つ一つの言葉の中には、ほとばしるような思いがあり、私たちSHINZEN(しんぜん)スタッフにも熱い情熱が伝わってくるのです。 時には、胸を切り裂かれるような悲しみ、苦しみの淵に立ちながらも、それを超えてきた道のりは聞く者の心をゆさぶりました。 どうやってその壁を越えたのだろうか。どうしたら、そんなにも変わらない心で尽くせるのだろうか... そこには、生きていく上で大切なものが珠玉のようにきらめいていました。 SHINZEN(しんぜん)ではこれから、ブログを通して「共にの集い」の内容を紹介していきます。

SHINZEN(しんぜん)ハルモニ達の心の傷は、今も血を流している(韓国従軍慰安婦の方々をお世話して

ハルモニ達の心の傷は、今も血を流している(韓国従軍慰安婦の方々をお世話して)しんぜん いのちの輝きより

小田 美智子  グループKIKI「小さな思い基金」代表 95年11月

 グループKIKIはゴミ問題、リサイクル運動、反核運動など多岐にわたる活動をしているNGOで、昨年9月から韓国人元従軍慰安婦の人々が、提訴や抗議のため来日した時の食事のお世話などをしています。
また、小さな思い基金ではこうした韓国の婦人達に支援金を送っています。

 従軍慰安婦とは、日本軍の管理下で強制的に一定の期間拘束されて、将兵に性的奉仕をさせられた女性達のことです。
女性の大半が韓国人で、他に中国人、台湾人、日本人、フィリピン人、インドネシア人、ビルマ人、オランダ人が公文書により確認されています。
日中戦争、アジア太平洋戦争下、彼女らの大半は、強制させられたり、だまされて「慰安婦」にされたのです。その数は、8万とも20万ともいわれています。

 長い間、この問題が重大な人権侵害であり国家犯罪の性格をおびているとは考えられていませんでしたが、韓国の女性運動によって問題が社会化しました。
 90年5月廬泰愚元大統領の来日に際し、韓国の女性団体は謝罪と補償を求める共同声明を発表しました。
しかし日本政府は、国、軍の関与を否定しました。
戦後50年間も謝罪、名誉回復、個人補償がまったく未解決であったのは、戦後当時、日本政府が組織的に公文書を破棄したためでした。

 91年12月、はじめて3人の韓国人元従軍慰安婦が、日本政府の謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴し日本人に衝撃を与えました。
92年、防衛庁防衛研究所図書館で軍の関与を記した公文書が発見され、その反響により加藤紘一官房長官(当時)がやっと軍の関与を認め、謝罪の談話を発表し、宮沢喜一元首相は日韓首脳会談で謝罪しました。

 賠償に関しては、国家間ですでに決着済みであるから、国による個人補償はできないとしました。
今年に入って村山内閣は慰安婦に一時金を送るため民間寡金「女性のためのアジア平和友好基金」を打ち出し、民間からの募金をはじめました。
しかし、被害者達からは謝罪は口頭ではなく、内閣総理大臣の名で謝罪文を各人に手渡して欲しい、また補償は民間基金という方式ではなく、国家賠償として各人に1日も早く渡して欲しいなどの要求を出しました。

 私は、こうした経過の中で来日したハルモニ(おばさん)達の食事のお世話をすることになった時、正直言って不安で恐かったです。
何と声をかけたらいいのかと・・・。しかしお会いした方々はどの方も温かい人達でした。
そして、実際にお会いして話を聞くにつれ胸がつぶされる様な思いになりました。
ある人は、写真館で友人と2人で記念写真を撮りに行った帰りに、憲兵につかまり慰安婦されてしまいました。友人は自殺をしたそうです。
あるいは工場に働く女子挺身隊としてとられた者の中で連れてこられた人もいました。

 逃げようとすると、拷問を受け殺される者も。
そういう時には、見せしめのため慰安婦を集めた中で殺したそうです。そもそも慰安所がつくられた時、公婦といわれる女性から性病がうつることを避けようとした日本軍は、「若年齢かつ初心なる者」という方針で女性を集めたのです。
10代の処女がだまされて連れてこられ慰安婦にされ、昼夜の別なく1日に20人、30人の相手をする生活はどれほど酷いことでしょうか。
女性達は兵隊から性病をうつされ、子宮から血を流し、歩くことも出来なくなったというのです。
敗戦後、こうした女性達のことが明るみに出ることを恐れた軍は、女性達を舟に押し込めて沈めたり、多くの人々が殺されました。
あるいはそのまま、遠い外地に置き去りにされました。

戦後50年たちましたが、ハルモニ達の心の傷は今も、その時のように血を流しているのです。
夜、寝るのが恐く灯りをつけないと眠れなかったり、悪夢にうなされ自分の叫び声で起きてしまったり・・・。
後遺症に悩み社会的差別に苦しめられました。
性病、子宮疾患、子宮摘出、不妊などの体の病気、あるいは神経症、うつ病などの心の病気を起こしている人も少なくありません。
そして結婚もできず、貧しく、一人暮らしをしている人も多いのです。

女性達が高齢であることを考えると、本当に一日も早く真の謝罪と、治療、補償をしてほしいと思います。
誰にも言えず、訴えることもできず、そういう思いを抱えたまま生きてきたハルモニ達の心の内を思うと、想像もできない世界なのです。

                    ◇

今回のテーマは重く、胸につきささる内容でした。
しかし、私達はあまりにこうした事実を知らなすぎるようです。
まず知ることから始めなければなりません。
独のワイツゼッカー元大統領はナチスドイツの罪に対して、「先人は容易ならざる遺産をのこしたのであります。
罪の有無、老若を問わず我々全員が過去を引き受けなければなりません」と、その責任を国民全体のものとしましたが、私達もまたそうした自覚をせまられているのです。
 
(参考文献 吉見義明「従軍慰安婦」、高木健一「従軍慰安婦と戦後補償」)

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